スポンサーリンク

記憶の断捨離、大切なことは覚えている

くらしの雑記

最近のことは覚え違いをすることはあっても、昔のことはとても鮮明に覚えている母親(80代)。大切な記憶の引き出しにしまっているものはいつでもさっと出せるようです。

覚え違い

「●●さんにこう言われたのでxxした(不承不承やった)」と話すときに悪者になるのは私たち子供や役所の人やお知り合い。なんで?言ってないし??となりますがご本人の覚え違いでとんでもなく周りのイメージが悪くなってないか?と心配になる時があります。

先日も、自分の父親の形見の写真かなにかをすべて断捨離で捨ててしまったのは、私が「いらないものは捨てよ」と言ったから、、となっていて、、? 大切なモノはむやみに捨てなくてもいいのにという会話をした記憶しかなかったので驚きでした。もしかして私の方が脳内修正入ってるのかな、、。結局写真はでてきたので(あったんかい)、話はそこまでとなりました。うむむ。解せん。

結婚したときのこと

母が結婚したのは昭和39年の東京オリンピックの年。先日、母が結婚当時に住んでいたところのちかくに用があり立ち寄ったときに、いろいろ当時のことを教えてくれました。住んでいた部屋の間取りや夫(私の父ですね)との会話、そこから次の住まいをどうやって決めたかや引っ越すまでのあれやこれや、とても詳しく教えてくれました。覚えているものですね。

話し方がかなり具体的ではっきりしてたので覚え違いではなさそうです。

また、私たちはまだ子供だったころには見えていなかったいろいろな人間模様についてもさばさばと話すなど、当時のことは覚えているようです。「あなたとよくけんかしてた●●さんはお父さんが△△にいかれて今ではxxxx」というストーリーもおもしろい。

いつまでも子供は子供

そういえば、私も自分の子供の夢をたまに見ます。一緒に住んでいて今や社会人なのですが、夢では子供。小学生だったり中学生だったり。クラブの送迎やどこかに遊びに行ったときの他愛もない夢ですが起きてぎょっとします。子供はもう成人してるんだ。という気づき(ちょっとショック)。

なんだろうな、一番楽しくて苦労した若い時代のことって記憶に刻まれやすくて、一定の時期がたってあとはもう「老いては子に従え」状態になると、脳も覚えるのをちょっと控えるんでしょうかね。いつまでも夢の中では子供は子供の設定?なのです。

ちょっとした覚え違いとか、大事じゃないですもんねなどと妙に納得。

私も、子供が社会人になってからは濃密な接点はもうないので、他愛のない話をして笑っているくらい。そして知らない間に社会人になって数年たってる!!みたいな時間の感覚があります。

記憶の断捨離。胡蝶の夢。

しっかりしなくっちゃ、を卒業したら脳もまったりするんでしょうか。

そういう風におもっておくと、

偉大な母の、多少の覚え違いも、これから多少じゃなくなってくるかもしれないことも、記憶の断捨離ゆえのこと。

数年前に亡くなった伯父も、認知症はありましたが戦時中の話をきくと妙にしゃきっとして、また少し遠い目をして、いろいろなことを話し出してくれたものです。伯母のこともちゃんと覚えているけれど、名前がでてこなくてせつない表情が忘れられない。干支は言える(哀)。
妹(母)が目の前にいるのに「妹を迎えに行く!」といって病室からでていこうとしたこと、母が涙ながらに語ったそのシーンを、こんどは私たちが体験するのかもしれません。

夢でみる子供の顔と、実際年を取った子供の顔がリンクしない、そんな「胡蝶の夢」みたいに夢とうつつがわからなくなって「老い」てゆく。

 

 

コメント