防犯カメラをつけて以来人の出入りを毎日チェックしている私。気づいた小さな嘘、それとも方便?
ポスティング
「本日お伺いしましたが、お留守でお会いできませんでした。今後ともよろしくお願いします。
○○○○議員 xxxx」
いつもなら気にしない、議員さんのなにやらチラシにわざわざクリップでメモが。夜帰宅した家人がポストに入っていたと。メモの書体も手書きチックという凝りよう。もちろんコピーですがお年寄りは手書きと思うかも。
単なる活動のチラシ(パンフレット?)であれば駅前で配っていることもあれば、ポストに入っていることもよくありますね。
いつもならざっと読んで、キッチンごみ入れに転用するところですが、
ちょっとまって。。? 「本日お伺いしましたが」 ??
この日うちのチャイムを鳴らしたのは置き配にならないクロネコヤマトのおねーさんだけ。
ずっと家にいましたが? ネット検索やブログ、Netflixみまくってましたが?
…… これは、嘘なのでは? 本人なんかきてないのでは?
防犯カメラ映像に映っていたのは
そこで先日買ったばかりの防犯カメラの出番。
スマホでセンサーチェック(人の出入りがあると映る)を見ます。ついでに動画も確認。
ああ、13時台におじいさんがよろよろとうちにもお隣にも小さいカバン(チラシはいってる?)もってうろうろされていました。
チラシにのってる議員のご尊顔をみればご本人もオール白髪なので(!よくみたらえらいお年寄りやん)別人かどうかまではわからないけど、こんな腰曲がってる??おそらく別人、後援会かバイトのポスティングとみた。
こんなん嘘やん。って後援会/事務所に連絡?そんなんしません、サイレントマジョリティですから(ブログには書いてるけど)。
いい繕うことはいくらでもできるだろうしマニュアルもあるんだと思われます。
このチラシは捨てず再利用せず保管。お名前を覚えておくために。活動をガン見しておくために(ある意味、策略にはまったのかも)
「訪問したけどお留守だった」なんて、こちらに「ああ申し訳なかったね、人々の話を聞いてくれようとする姿勢お持ちなんだね」なんて心理になりかねない。今後どうよろしくしましょうか。
嘘?方便??
「平気で嘘をつく人々」
昔そんな本が流行りましたね。
Googleで「平気で嘘をつく 心理」で検索したら以下でてきました。
平気で嘘をついてしまうのは、自分の心が満たされていないことの表れとも言えます。 心が満たされていないと、嫌われたくない、ちやほやされたいなどという気持ちを持つようになります。 自分を認めてもらいたいと思って嘘が必要になってしまう原因は、心に余裕がないせいです。
『こんなん、嘘でもなんでもない。ふつーに当たり前にあることで何もいまさら、、議員本人じゃなくて後援会も同義語だしスルー力を鍛えよ』というのが世間の常識で大人の世界なのかもしれないけれど、違和感・嫌悪感がぬぐえない狭量の私。
なんでこんなに異常に嫌悪感をもってしまうのか。
謎に強い正義感? 前世で嘘ついて舌抜かれたんかな。いや、高校生の時親に嘘ついてライブにいってどえらく怒られたトラウマかな、、
小さい嘘には、本当のことが ”ちょっと” 混じってる。嘘をついた方にもつかれた方にも「罪悪100%」にならない要素がそこにある。嘘をつく理由とちょっとした脚色(嘘)…がふくらんでいく。
言い逃れを考えてみた。
- メモには主語がない。本人がきたなんて書いてない。 → 「ポスティング班がきたけど留守だった」
- 呼び鈴ならしたとも書いてない。 → 「ポスティング班がざっとみて留守と思ったからポストインした」
- ポスティング班が単にさぼってて他の班はちゃんと後援会として戸別訪問やってたかもしれない
だからこれは嘘じゃない、ともいえる?こういうところがとても苦い。自分で考えておいて苦々しい。
いずれにしても、受け取った側がもつ印象「議員本人が戸別訪問してる」からはかなり離れている。
(戸別訪問してほしいとは微塵も思ってない)
また
「それは受け手側の主観でしょ」と言われかねない、一見単純でよくみるとよく考えられた文章。おそろしや。
後援会もろとも今後の活動要チェック、誰の為の何の活動?
本当に戸別訪問された時の為に1民の言いたいことをまとめておこう。国外の人への土地売買の制限とかかな。医・食(職)・住の安心と安全を第一。
↓ 防犯カメラをDIYでつけた話。スマホで画像確認ライフ。
↓ DM含めて紙は再利用!キッチンごみ入れへ
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