えぇ、いま50代にして。えぇ、さっきまでここにあったんだけど、知らん? よね…。
模様替えでなくした「はさみ」
モノを思い出せないことが多くなって、少し前までは俳優さんの名前や映画のタイトルという少し遠めのものだったのが、どんどん生活上の「固有名詞」が出てこない。身の回りで使うものの映像は浮かんでるのに名前がわからない。ググろうとするにもヒントになるコトバもでてこない、50代、アラカン大丈夫なんだろうか。「あれ」ではわからないので思い出すまでじっくり待つor連想ゲームをする夫婦の会話。すでに老々介護の入り口やん(笑。って笑いごとではなく)
さらに私の方は言葉だけではなくて実際に「モノ」もどこかに行ってしまう=失くしてしまうことが増えてきた…かもしれない。
先日まで張り切ってたダイニングの模様替えの最後に「はさみ」が見当たらない。
さっきまでここで段ボールをあけるのに使っていた…ような…気がする。いや、雑貨入れの中にまぎれた? いや、まとめた段ボールの間にはさまった? … どこにもないよう。
とりあえず怪我をするとあぶないのでソファの周りにないことだけ確認して、かれこれ1週間。いまだでてこない。こんなのは初めてです。どこいった??はさみと私の記憶。
以前、認知症に関する本で読んだのが、『モノがなくなったという人には怒らず、「それは困ったねぇ、一緒に探そうねぇ」と同調するとよい』というもので、家族の私に対する対応がまさにこれ。私と一緒に困惑してくれて、探してくれてもないものはない、けど責めない。
怒らずにいてくれるのほんとに助かる。怒られたらもう立ち直れないわと介護される側の気持ち。
スマホがどこかにいくことは日常茶飯事、今日は
今日も夫とスーパーへ買い出しに行こうとスマホとスマホショルダーを探す。よくどこかにいってしまうスマホはたいてい洗面所(乾燥が完了したものを出してきてその場でたたむ際にすっと棚においてしまう)か、キッチン(レシピをみてそのまま炊飯器の隣においてしまう)にあるのが最近の傾向。
そして今日は「スマホショルダー」がない。さっき2階から持って降りてきたはずなのにどこにおいたやら。なにやら進化、いや悪化しているのか直前の行動も思い出せない。
何度も2階の私の部屋(スマホショルダーをおいていた場所)と1階のさっきまでの行動を何とか思い出したどってみる。何往復もする間お待たせしている夫はゆったりテレビを見ていて何も言わない。怒ってるわけでもなく心配してるんかな、と心配になる。やさしさに感謝…ではなくもしかして介護モードに入ったんかな。。
そうこうしているうちに、2階から一緒に持って降りてきた「不要な本が入った紙袋3つ」の間にはさまって玄関脇にありました。。紙袋の中はすぐ確認したのですが、置いた時に手から滑り落ち間にはさまってしまってたようです。
思い出せない日々
毎日飲む薬はもうこれ ↓ で飲んだかどうかを家族と共有「見える化」。ありがたいねぇ。
近々、OB会があるのですが、出席される諸先輩方の名前がでてこなかったら…笑ってごまかそう。
思い浮かべる同僚や後輩も顔は浮かぶけれど、ひとり後輩の名前がでてこない。ひー。消えてゆく思い出たち。。忘れてるんじゃなくて思い出せないだけなのよ。引き出しが開かない感じ。
言葉を忘れないために、自分からの発信「書く」「話す」は続けようと誓う日。手帳やブログで記憶を整理して時折読み返すのもいいかも。脳を活性化させるという『会話・食事・睡眠・運動』で、足りてないのは運動かな。。はさみ、どさくさで捨てちゃったんかな。。いくつかあるから困りはしないけれど、どうやら周りが困り始めている。。。
↓ 張り切った模様替え
↓ 近隣のお出かけは「スマホショルダー」だけ民
↓ 年々光る(鈍る)物忘れシリーズ
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